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僕はその思い出を"恋愛小説"にしたくはなかった
僕はその思い出を"恋愛小説"にしたくはなかった
"健全"な三角関係にはなれなかった少年少女の話。いっそバチバチやり合えたら良かったのにね。
読解難易度:NORMAL
「学生時代好きな人がいたけど、あの人には自分より相応しい人がいるとか、これはLoveじゃなくてLikeかもとか、自分は今の立ち位置で満足してるとか、何かと自己を正当化する理由を並べて結局告白しなかった。で、今はそれを"美談"として受け止めようともがいている」人が読むと軽く死ねる作品。
カクヨムに投稿した作品の中でも群を抜いて"痛み"に溢れているので、読了したことを応援コメントか何かで伝えてもらった暁には、その忍耐を褒め称えます。
この作品、過去に一度公募に出したことがありまして。その際、「桐宇治さんと植木先輩の別れた理由が知りたかった」と。
その辺りもっと──二人の事情を掘り下げていれば、さらに読み応えのある内容になったのではないかというご指摘をいただきました。
今ここで「いや、実はそのへん書こうと思ってたんだよ」などと云ったところで、これはもう後出しジャンケンに過ぎないのですから、見苦しいことこの上ないのですが。
それでも実際書くべきか書かざるべきかを迷い、結果書かざるべきであると、むしろ書かない方が良いと判断したのは曇りなき事実でして。
なぜ桐宇治静と植木純の別れる理由は描かれなかったのか。
それについて触れる前に、まずは「06『ビビッドピンク/オレンジイエロー』」の中で恐らく読み手が引っ掛かりを覚えたであろう箇所について言及させていただきたく。
エピソード内にキヨモリと植木先輩が近況報告会をするシーンがあるのですが、このシーンのオチがコレなんですよ。
──結局、気になっていることは訊けないまま、当たり障りのない近況報告をし合ううちに活動は終了。
そう、植木先輩というキャラを掘り下げることができる最大のチャンス──と云っても過言ではないシーンで、何一つ堀り下げてないんだよね。
そのあとキヨモリは申し訳ない程度の意を決して一応「あの問い」をぶつけてはいるのだけれど、にしたって植木先輩の"これから"にノータッチ過ぎじゃない?
読み応えのある小説を目指すのであれば、ここは埋めて然るべきじゃない?
そういうふうにね、私も思ったのです。書き手としては。
でもね、キヨモリの立場になったらここでキヨモリが植木先輩の"これから"を掘り下げるのはちょっと難しくねって思ったんだ。
もし良ければ「05『薄層の色』」を読み返してほしいのだけれど、あのエピソード内でキヨモリはバスケをする植木先輩についてこう感じている。
──途端に、恥ずかしくなった。何がドクター・フォックス効果だ。僕が生徒会に選ばれたのは、スピーチの内容が良かったからでも、態度が堂々としていたからでもない。単に僕を推薦した植木先輩の人徳だ。人望の厚さだ。
──多分この試合を目にしていなかったら、僕はいつも通りの澄ました面で、先輩に小さく手を振り返していたのだろう。そう考えると、余計に恥ずかしくなった。
書き手としては植木先輩の心情や卒業後の進路についてもっと触れるべきだったと思う。
でも、キヨモリのパーソナリティ上こんだけ痛い思いをした彼が、植木先輩の今後をたとえポーズだけでも訊こうとするとは考えにくいのよ。
だって、下手したらもっと痛い目に遭うかもしれないから。
さらなる深手を負う可能性があるから。
じゃあ、他にシーンを追加するなりして掘り下げれば良かったのでは──という意見ももちろんあると思う。
それをしなかった理由は「なぜ桐宇治静と植木純の別れる理由は描かれなかったのか」に関わってくる。
すげー残酷な云い方すると、キヨモリってずっと蚊帳の外なんですよ。
たとえば、これがバチバチの三角関係だったらキヨモリは否が応にも二人が別れた理由について知り得ていたと思うんですよ。
じゃあ、知り得なかったのは何故か? この三人の関係が所謂三角関係ですらなかったからだよね。所詮「三角関係(未満)」だった。
書き手として、桐宇治さんと植木先輩の内面を掘り下げなかったことについて後悔はしていない。というのも、高評価してくださった方の多くが「痛み」をこの作品の魅力の一つであると解釈してくれていたから。
正直なところ、二人の内面に文章を割いていたら、バチバチの三角関係をテーマにした恋愛小説として完成させていたら、ここまで「痛い作品」にはならなかったと思う。
タグにもある通り『安定限界』は「ノンフィクション6割」の作品です。桐宇治さんと植木先輩には実在するモデルがいるし、キヨモリのモデルは云うまでもなくこの私です。
この作品を三角関係を題材とした"恋愛小説"としてもっと面白くすることはできただろうけど、私はそれを選ばなかったし、選びたくなかった。
この終わりが、何よりふさわしいだろうって思えたから。
実のところ、公募に出した『安定限界』のオチにはのちにキヨモリと桐宇治さんが付き合うかもしれないなどという可能性をほのめかす描写があった。
が、webサイトに投稿するにあたって件の描写は容赦なくカットした。
私──というより僕はあの二人との思い出を"恋愛小説"にはできないと思ったし、やっぱりしたくもなかった。
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